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高知簡易裁判所 昭和33年(ハ)976号 判決 1959年7月09日

原告 大崎秋義

右訴訟代理人弁護士 米沢善左衛門

被告 丸栄証券金融株式会社

右代表者 田中栄男

右訴訟代理人弁護士 細木歳男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告並びにその訴訟代理人は「被告は原告に対し、別紙目録記載の土地(以下本件土地という)につき、高知地方法務局において(一)昭和三十三年四月八日受附第七〇七二号を以てなされた同日附金銭消費貸借についての同日附抵当権設定契約に基く債権額金十万円、抵当権者を被告とする抵当権設定登記(以下(一)登記という)、(二)同日受附第七〇七三号を以てなされた同日附停止条件附代物弁済契約に基く被告を権利者とする所有権移転の仮登記(以下(二)の登記という)、の各抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めその請求原因として、≪以下事実省略≫

理由

本件土地が原告の所有であり、これに前掲(一)(二)の登記がなされている事実は当事者間に争いがない。

よつて右各登記のなされるに至つた経過につき按ずるに、証人隅田秋利、大崎邦広の各証言並びに原告本人尋問の結果によると

一、原告は高知市内において所有する本件土地の上に住宅を建築したい希望があり、その建築資金は、高知相互銀行を通じて住宅金融公庫より、融資を受くべく意図していた。

二、そこで原告は昭和三十三年四月初頃従兄にあたる訴外隅田秋利に対し、右融資申込手続方のすべてを委任すると共に、これに必要なものとして、印章並びに登記済証を交付し、且つ右申込みをなすについては原告は愛媛県に居住している関係上、高知市に転任することを要するところから、これが届出に必要な戸籍謄本転出証明書及び主要食糧購入通帳等をも託した。

三、然しながら訴外秋利は、右委任を受けると直ちに高知市に出たけれども、その受任にかかる住宅金融公庫に対する融資の申込みはこれをしなかつた。

以上の各事実を認定することができ、右認定を妨げる証拠はない。次に証人隅田秋利古味勇、津野幸蔵の各証言並びに被告代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を綜合すると、

一、訴外秋利は前認定の如く、原告より受任にかかる住宅金融公庫に対する融資申込みをしないのみか、原告からそのような権限を委任されていないのにも拘らず、原告より印章並びに登記済証等を託されているのをよいことにして、該印章並びに登記済証の利用により、本件土地を担保として他から金員を借受けようと企て、先ず自ら原告本人になりすまし、訴外隅田音義の保証の下に高知市長に対し右印章を使用して原告名義の印鑑の届出をなして、その印鑑証明書の下付を受けた。

二、次いで右音義の紹介により、仲介人である訴外古味勇並びに金融業を営む被告会社の代表者田中栄男に面接し、自らを原告本人と詐称し、右原告名義の印鑑証明書並びにこれに符合する印章及び登記済証等を呈示して、被告に対し本件土地を担保に金十万円貸与方の申込みをなし、且つ右田中等をして本件土地の実地を見分せしめる等、恰も原告本人であるが如き言動に終始した。

三、かくて同人は右田中及び古味等をして、真実原告が本件土地を担保に供して金借するものと信ぜしめ、よつて原告名義を以て、被告より昭和三十三年四月八日、金十万円を利息を年一割八分とし、同年七月七日弁済の約で借受けることとなり、同日被告との間に右消費貸借契約をすると同時に、これが弁済を担保するためとして、本件土地に対し抵当権設定の契約をなし、且つ右債務の弁済をしない場合は、これを条件として弁済に代え本件土地の所有権を被告に移転する旨の停止条件附所有権移転契約をなして、更に前掲の(一)(二)登記手続をした。

四、なお同人は司法書士事務所において、本件貸借並びに登記手続に関する書類を作成するに際しても、被告代表者並びに司法書士等に対し、すべて原告本人として振舞い、その言動は並居る者の誰しも同人が原告本人であることを信じて疑わなかつた。尤も同人の呈示した原告名義の印鑑証明書記載の原告の生年月日と同人とを対照すれば、同人は原告より約十年も年長者であるから、その人違いなることに疑いをもつべ筈なるが如きも、同人は比較的若生れで、その判定は一見困難である。

以上の事実を認定することができ、右認定に抵触する証人隅田音義の証言は、前掲証拠に照らし措信しない。

してみると訴外秋利の右行為は、委された権限の範囲外に属するから、これを権限内の行為としてなす被告の主張は理由がない。

次に被告が仮定的抗弁として主張する表見代理の点につき検討する。被告は、被告が本人貸借の取引をするに際つては、終始訴外秋利を原告本人と信じ、少しもこれを疑わなかつた旨主張するので、先ずこの点を考えるに、前認定の情況下においては、被告が訴外秋利を原告本人と信じ、以て貸借の取引並びにこれに関する前記契約を結んだというのは、蓋し当然の態度というべきであつて、そのかく信ずるについて、正当の理由があつたものと判断する。それでは訴外秋利の右行為の効果が、本人である原告にどのように影響するであろうか。思うに右の場合訴外秋利が原告の代理人として越権行為をしたというのであれば、まさしくそれは民法第百十条のいわゆる表見代理として、本人たる原告においてその責に任ずべきこと多言を要しないが、代理人としてではなく、右のように本人として越権行為をした場合であつても、そのことは代理人としてなした場合と、その間理を異にするものではないから、同条の法意を類推適用し、以て本人たる原告をして訴外秋利のなした右越権行為につき、その責に任ぜしむべきものと解する。そこで訴外秋利のなした右越権行為は、金十万円の消費貸借契約と、これを担保するための本件土地についての抵当権設定契約並びに停止条件附代物弁済による所有権移転契約と、なお外に前掲(一)(二)の登記についての申請行為であるが、右の内登記申請行為を除くその余の行為は、いうまでもなくいずれも私法上の行為であるから、従つて原告は同条の類推により、そのすべての行為につき責に任じなければならない。けれども登記申請の行為については、登記申請が一定の資格のある者すなわち登記申請人より、国家機関たる登記所に対してなさるべき公法上の行為である点に鑑み、同条の表見代理の規定の適用乃至準用はないものと解すべきである。然しながら原告の訴外秋利に対する授権の内容と、授権に際つて原告が同人に託した印章並びに登記済証等に基いて、弁論の全趣旨から推論すると、原告は住宅金融公庫に対し融資の申込みをした結果、その融資を受け得るに至つたならば同公庫に対し、その債務につき本件土地を担保となしこれが抵当権設定の登記をなすべき意図をも含めて、以て同人に登記済証を託していたものと推認することができる。してみれば本件(一)(二)の登記は、全然原告の意図に基かないものとすることはできず、少くとも原告の意思に由来したものといい得るのである。のみならず右登記は、前叙抵当権設定契約並びに停止条件附代物弁済による所有権移転契約に基くものであつて、実体的法律関係にも一致するのであるから、かかる場合においては、登記申請が公法上の行為であつて、民法第百十条の適用外であるとしても、その一事を以て、直ちにこれを無効の扱いとなすべきではない。まして本件においては、実体上の物権変動の効力は右に見たように既に生じているのであるから、登記義務者たる原告は、登記権利者たる被告からこれが登記請求権を主張されたならば、これに応じなければならない義務があるのであつて、そのこれを拒否し得べき実体上の権利を有することの認められるべき事情は、何等本件においては見出すことができないのである。

それゆえ右の観点から、本件(一)(二)の登記は、いずれもこれを有効な登記と解するのを相当とするから、これが無効を主張してなす原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 市原佐竹)

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